fjのガソリン補給

酒飲み母さんがつづる、子育てのこと、食のこと、暮らしのこと。

インフルエンザ家庭内感染と娘の熱性けいれん(元日から悪夢の2週間)

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 お久しぶりです、fjです。元日に夫が体調を崩し、インフルエンザB型を発症。隔離もむなしく、家族が次々と倒れていきました。それはそれは辛い半月でした。いや、元をたどると、発端は年末の私のぎっくり腰なのかもしれない。もうわけがわからないほどてんやわんやしていた、ここ最近の家族の話を時系列でまとめておきたいと思います。

(ちなみに賛否両論あると思いますが、わが家はインフルエンザの予防接種は受けていません。過去に一度受けたことのある私が、翌日に高熱を出して点滴を受けたこと、娘はまだ保育園に通っていないことから、受ける選択をしませんでした。)

 

12月23日 クリスマス前の「ぎっくり腰」騒動

 12月に入り、いつにも増して忙しく過ごしていたfj家。夫は連日深夜帰宅。土日も仕事。おのずと週7日のワンオペ育児を担うことになった私。悪夢はクリスマスの準備をしていた12月23日(祝・土)にやってきた。

 その日、夫は仕事疲れで起き上がることすらできなかった。私はいつものように午前中に娘と2人で公園へと出かけた。寒空の中、遊ぶこと2時間。「そろそろクリスマスの買い出しでもしておくか」と、スーパーへ向かった。チキンやおつまみを物色し、帰路につく。その道すがら。

 「あれ…左足がおかしい…」

 つっているような感覚で、地面に足をおろすと、左足全体に痛みが走る。それでもまだ歩ける状態で、ベビーカーに荷物をぶら下げて帰宅した。そしていつも通り、娘にごはんを食べさせ、昼寝のために抱っこで寝かしつけを行う。大丈夫だった、このときまでは。娘を夫のとなりの布団に寝かせ、トイレで一息つき、便器から立ち上がったときだった。

 「ピキ、、、、、」

 嫌な感覚だった。ぎっくり腰は何度か経験しており、すぐに「やっちまった感」が私の全身を駆け抜ける。でもまだ歩ける。リビングの畳の小上がりに腰掛けたり、寝転んだり、楽な体勢を探す。そして、だんだん、楽な体勢などなくなってゆく。

 「やばい、、、、、、夫、、、、、、、」

 這いつくばって寝室まで行き、夫の足をむんずとつかみ、つねり、起こす。貞子のような嫁の姿に驚き、飛び起きる夫。

 「どうした?」
 「ぎっくり腰」
 「!!!!!!」

 その時には一人では起き上がれない、歩けない状態まで悪化していた。
 そこから、いつもお世話になっている鍼の先生に連絡をとり、タクシーで駆け込んで治療してもらった。なんとか一人で歩けるようになった。翌々日の月曜日にも治療してもらい、無事完治となった。
 夫は私が治るまでの間、家事・育児のほとんどを担ってくれた。年末のクソ忙しいさなかに。

 

12月28日 宮城の夫実家へ帰省

 私の腰がよくなると、今度は年末の夫実家への帰省の準備。

12月27日(水)帰省の荷物を宅配便で送る
12月28日(木)娘と私の2人で先に夫の実家(宮城)へ
12月29日(金)夫仕事納め
12月30日(土)夫も実家(宮城)へ
12月31日(日)義両親と白鳥を観に行く

 こんな流れで慌しく大晦日までが過ぎ、あっという間に2018年に突入した。

 ちなみに夫の実家は宮城でも北の方に位置しており、非常に寒い。さらに珍しく雪が積もっていた。私も夫も寒さで身体が固まってしまい、「何となく腰や背中が痛い」という状態での年越しであった。

 

1月1日 夫の体調不良が始まる

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振

 元日の朝7時、いつものように夫を起こすと、
 「起き上がれない…もう少し寝てる…」と、気の抜けた返事。

 どうやら前日の夜は、義母と夜中の1時半まで話し込み(仕事独立の件で相談もあり)、日本酒とビールを飲んでいたせいもあり、起きられないのもしょうがないか、といった感じで特に気にしていなかった。義両親と私と娘の4人で近所の神社へ初詣に行き、遅めの昼食を取った。まだ夫は起きてこない。

 「とにかく寝ていたい」とのことだったので、夜まで放っておいた。
夕食時に起こすと、おせちを少々口に運んだだけで、またすぐに横になる。

 「全身が痛い。眠い。」

 さすがに心配になり、熱を測ったが、おでこで測る体温計(娘用に購入したもの)で36℃後半。夫にしては高いが、病院に行くほどの熱でもない。鼻水や咳といった症状もまるでなし。

 年末からの疲れ、前日の飲酒(夫はあまり酒に強くない)、会社独立の相談で張り詰めていたものが切れた、など、具合が悪くなる要因が重なっており、どうにも判断がつかず。ましてや年始の病院など重病の方が多く、うっかり病気をもらってくる心配もあったため、「病院へ行く」という選択をすることができなかった。

 この日は栄養ドリンクを飲ませ、念のため寝室は別にして休ませた。

 

1月2日 東京へ戻る

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振

 翌朝も症状は同じ。「身体が痛く、眠い」。おでこの体温計で測ると、一度だけ37.2℃を記録したため、実家の大人用体温計を借りてもう一度測ると、36℃前半。はやり熱はない。

新幹線に乗れるのか?乗せてよいのか?
という問題があったが、食欲が多少出てきて、本人も

 「動けるようになったし、4日から仕事だし、東京に戻っておきたい。」

とのことだったので、家族全員でマスクをして、当初の予定通り10時台の新幹線で帰ることとなった。

 新幹線の中では私が娘を抱っこし、夫には寝ていてもらった。

 東京の自宅に戻り、一眠りした後も状態は変わらない。身体の痛みが気になっていたので、念のため病院へ行ってもらうことにした。休日の当番医がたまたま近くの内科だったため、歩いて向かった。しかし、残念なことに、その病院ではインフルエンザの検査キットの在庫がなく、無駄足となった。その夜も熱が上がることはなく、眠りについたのだった。(事前に電話確認するべきでした。)

 

1月3日 夫、インフルエンザB型陽性

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振、発熱37℃台

 翌朝も症状は変わらない。「身体が痛い、眠い、食欲がない」この3つ。検温すると、37.5℃。び、微熱…。今度は別の休日当番医に電話でインフルエンザ検査キットがあることを確認。さっそく夫に受診してもらうと、結果は非常に残念なものだった。

 「インフルエンザB型でした…」
 「!!!!!!!!!!」

 ずっとずっとあった「嫌な予感」は的中してしまった。
 だが時すでに遅し。病院での検温では37.2℃。発症を1日とすると、すでに48時間を経過しており、抗ウイルス剤を飲んでも意味がないということで、薬は何も処方されなかった。もう、ひたすら休むしかない。

 こちらはこちらで、徹底的に予防。夫を寝室に隔離し、食事は運ぶ。娘と接触させない。大人は常時マスク着用。手洗い・うがい。湿度を保つ。クレベリンスプレー散布等。

 だがこの夜夫の熱は再び上がり(37.8℃)、年末の疲れを引きずった身体はなかなか回復を見せず、この後数日ダウンすることとなる。

 

1月4日 娘、インフルエンザB型陽性、熱性けいれんで救急要請

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振、発熱37℃台
●娘→発熱39℃台

(1)熱性けいれんの予備知識

 少し前置きを。娘は1歳8ヶ月になるまで、38℃以上の高熱を出したことがなかった。これで急に熱を出したら、けいれんしてしまうのでは…という不安があった私。1歳半健診の時に、小児科医にその旨を質問してみたところ、

「熱性けいれんは遺伝の要素が強い。お父さん、お母さんが子どもの頃になっていなければ、なる確率は低いですよ。けいれんは『ただの震え』と違って『目が合わない・呼びかけに反応しない』といった症状が出る。初めての時は判断がつかないので迷わず救急車を呼んでください。」

との回答をもらっていた。

 また、ネットの情報ではあるが、熱性けいれんになったときには
・けいれんしている時間をはかる
・動画に撮る
・横にする
・冷やす
ということを知ってはいたのだが、実際に目の当たりにしたときにはすでに頭からぶっ飛んでいた。

(2)当日の娘の様子

 とにかく元気だった。いつも通りだった。新年が明けてから動けておらず、ストレスのたまっていた娘。玄関へ行き砂場セットを指差すので、

 「インフルの夫のいる家に1日中いるより、外で遊んだ方がいいか」

と、外出することにした。念のため、近所にある、人の少ない小さな公園に行くと、幸いにも私たち親子しかおらず、30分ほど遊んで帰宅した。その後はいつも通り昼ごはんを食べ、昼寝をし、家で遊んだ後、18時に夕ごはんを食べた。

19:00

 風呂に入れる準備。ふと娘の顔を見ると、赤いのだ。おでこに手を当てると熱くはないが、念のため検温すると37.4℃。微熱。とうとう来たか…。風呂を取りやめて寝る準備へと切り替えた。寝室で寝ている夫に報告し、部屋の片付け等を終わらせる。その間も娘はひたすらはしゃいでいた。

20:00

 再び検温すると38℃台まで上がっている。寝室で夫を隔離していたため、リビングで一緒に眠りについたが、なかなか寝付けないらしい。布団の中でどったんばったん暴れる。この時もひたすらはしゃいでいた。

21:00

 隣に寝ている娘の身体がどんどん熱くなっている。検温すると39.2℃。初めての高熱。夫に相談するが「今インフル検査しても陽性は出ないんじゃ…元気なら明日の朝まで様子を見よう」とまとまる。抱っこしてみるが娘はなかなか寝ない。

21:40

 なんとなく胸騒ぎがして、小児救急電話相談(#8000)に1度目の電話。初の高熱であること、夫のインフルエンザB型の旨を伝える。

 「ぐったりしている等があれば、受診した方が安心では?」との回答を受ける。

 近くの準夜間の小児科へ電話するが、22時で受診終了とのことで、断られてしまった。22時前後は準夜間→夜間の切り替わりのタイミングであった。なぜもっと早く対応しなかったのだろう。

21:50

 22時以降の夜間当番医を探すために、医療機関案内サービス ひまわり(03-5272-0303)に電話。自宅のまわりの救急外来受付の病院を3件教えてもらう。その中で1番近い病院に電話。一連の流れを話し、診てもらえるか確認したところ

 「発熱から12時間以内ではインフルエンザ検査も陰性となる。それだと、来てもらっても何もできませんが?明日の朝9時に病院が開くので、そのときに来てください」

との回答。釈然としなかったが、ひとまず朝まで様子を見ることにした。

娘は抱っこで寝かせると寝るのだが、布団に置くと起きる、というのを繰り返す。

22:10

 翌朝まで何かできることはないのか。以前、小児科でもらった解熱の座薬の存在を思い出し、小児救急電話相談(#8000)に2度目の電話。1度目の相談と、夜間救急への相談の内容を伝え、座薬を使ったほうか確認。

「こちらとしては、『病院に行ったほうがいいか?』という方には『行かなくて大丈夫とは言えないので、1度目はそういう回答だったのでしょう。救急の担当医や病院によって考え方はさまざまで、確かに12時間以内では検査が陰性になってしまって、やれることがないという病院の回答も仕方がない。抱っこすれば眠れる状態ならまだ大丈夫。解熱の座薬を使ってあげたほうが明日の朝までお母さんも眠れると思いますよ。」

との回答。夫にその旨を伝え、座薬を使うことにした。

22:20

 娘に解熱の座薬を投入。抱っこで寝かしつけることに。

22:30

 豆電球の薄明かりで娘を抱っこしていると、娘の目が上を向いて泳いでいることに気づく。

「娘!娘!娘!」

名前を呼んでも反応がない。慌てて寝室にいる夫を起こす。

「救急車呼んで!」

叫ぶ私。

 抱っこ紐からおろし、ふとんに寝かせ、夫と2人で呼びかけるがまったく反応がない。両手を上げて、がたがた震えだす娘。目はどこを向いているのかわからない。

 夫は119に救急要請。ものすごくものすごく長く感じる時間。測る余裕なんてない。

 電話口の方に救急隊到着までやれることはないか聞くと、「脇を冷やすように」とのことで、保冷剤を両脇に挟むけいれんが続いた時間は体感で1~2分。動きが止まると、少し、目の色が戻ってきたように感じた。だが、話しかけてもまだ反応はない。

22:45

 救急車到着。着の身着のまま、3人で救急車に乗り込む。救急隊の方が、落ち着きを促すかのように、ゆっくり丁寧に質問をしてくれる。その間、抱きかかえていた娘もぐったりしてはいるが、反応に応じるようになっていた。その後、救急隊長?の方から

・今回が初めてのけいれんであること
・夫がインフルエンザに罹患しており、娘も感染している可能性が非常に高いこと

から、状態は落ち着いているが、医師に判断を任せるということで、大学病院の救急外来を受診することになり、救急車は発車した。

23:00過ぎ

 大学病院の小児科の医師は、とても親切かつ丁寧に対応してくれた。インフルエンザの検査をすると、やはりインフルエンザB型の陽性反応が出た

けいれんについては以下の内容を確認された。

・左右対称であったか?→左右対称であった
・足も同時に震えていたか?→顔ばかり見て呼びかけていたため、記憶になかった
・何分くらい続いたか?→体感で1~2分ほどであったように思う
・目は白めになったりしたか?→上を向いていた
・嘔吐はあったか?→なかった
・けいれんは一度だけだったか→一度だけだった

あんなにそばにいて見ていたのに、答えられない項目もあった。それほど冷静さを失っていた。

 幸いにもけいれんは5分以内で短かったこと左右対称であったことから、インフルエンザの熱によるものであろう、とのことで脳波検査は受けず。その場でけいれんを鎮める座薬が投入された。また、けいれんについては

・半数の人が一生に一度、これを最後にもう起こらない
・通常一度の熱にけいれんは1回で、24時間以内に再び起こることはほぼない
・けいれんの座薬を8時間後にもう一度使うように
・けいれんの経過を、明日中にかかりつけの小児科医に診てもらうように
・今夜何かあれば、すぐ電話するように

等の説明があり、帰宅してよいとのことだった。
インフルエンザに対しては、タミフルのドライシロップが5日分処方された。

 その後、私もインフルエンザB型を発症する可能性が極めて高いということで、抗インフルエンザ薬の予防投与(イナビルの吸引薬を通常の治療の半量摂取する)の話があり、今度は内科の診察を受けることになった。ちなみに、私の予防投与は自費となるため、初診料8000円+薬4000円=12000円という、手痛い出費であった。

全ての診断と薬の受け取りが終わったのは、翌1:00頃。

さすがに娘は疲れたか、私に抱っこされて眠りこけていた。

01:30

 タクシーで帰宅。娘を布団に寝かせ、私はイナビルの1回目を吸引。布団に入る。

02:00

 再び娘ががたがたと震えだす。名前を呼んでも反応がない。2回目はないと聞いていたが心配になり、先ほどの小児科の医師に電話。状況を伝えると、

「もう一度呼びかけてみてください。24時間以内に2度けいれんが起こることは、先ほどもお話ししたとおりほとんどありません。解熱剤が切れて熱が上がるタイミングで『悪寒』によって震えることがあります。大人も寒いとぶるぶる震えることがありますが、それではないですか?温めてみてください。」

と丁寧に答えてくれた。娘は温めるとモゾモゾと動き出し、丸まり、全身で寒さを表現しているようだった。これは悪寒による震えだ。また取り乱してしまった。情けない。先生によくお礼を言って電話を切った。

 この後も2、3度、震えを繰り返し、その度に私は飛び起き、朝までほとんど眠れずに過ごした。

 

1月5日 インフルエンザB型の高熱が続く

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振、発熱37℃台
●娘→発熱39℃台

 翌朝8時。けいれんを鎮める座薬を入れるため、娘を起こした。このとき、熱は最高値40.7℃を記録。ぐったり、朦朧としているようだった。それでも水分を取り、大好きないちごをものすごい勢いで食べた。

 10時になり、かかりつけの小児科が開いたので、さっそく電話。熱性けいれんの経過を診てもらいたいこと、インフルエンザB型を罹患していることを伝えたが、通常通りの受付でよいとのことだった。少し空いていそうなお昼前を狙って小児科を訪れる。

 1歳半健診も行ってくれた先生が、問診・触診を行ってくれた。

・けいれんが左右対称、5分以内におさまる単純型熱性けいれんである
・急に熱が上がったときになる
・5~10人に1人がなり、そのうちの半数はそれで終わり、残りの半数は繰り返す
・けいれんの座薬を2回もらったと思うので、もう治療はいらない
・保育園等に預ける際は、念のため、熱性けいれんの経験を伝えるように

と、とても丁寧に説明してくれた。とにかくもう心配はなさそうで安心した。
あとはインフルエンザの治療。すでに処方されていたタミフルに加え、咳をおさえる薬が出され、咳き込んで眠れないほうだったら飲ませてみるようにとのことだった。

 帰宅すると、まだ微熱がある夫が起きていた。久しぶりに3人揃ってごはんを食べ、相変わらずマスク着用での生活を続けた。

 夜は豚汁を作ったところ、少し食欲の出てきた夫と娘は完食。娘は就寝するまで39℃台の高熱が続き、私にべったりになっていた。熱でつらかったのであろう。

 

1月6日 なかなか治らぬ夫と、元気になった娘

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振、発熱38℃台、咳
●娘→平熱に戻る、少しの咳

 朝起きると娘の熱は36℃台に下がっていた。解熱剤を使わずにこの回復はすごい。食欲もだいぶ戻り、少なくなっていた口数もだいぶ増え、日中はおもちゃで遊ぶことも増えた。

 対照的によくなったかと思われた夫の熱は38℃台に。少し食べては寝て、食べては寝てを繰り返す。顔色は依然として悪く、咳をするため、いまだ隔離生活を続けていた。

 

1月7日 平熱に下がった夫と娘、悪寒が始まった私

●夫→平熱に戻る、咳、倦怠感
●娘→平熱、少しの咳
●私→寒気、37℃台の微熱

 平熱の娘。たまに咳込むことはあっても、薬を飲ませるほどではないように思う。元気になって家中を走り回る。言葉も元通りに出るようになった。

 夫もようやく36℃台まで下がった。いつもお世話になっている鍼の先生に診てもらい(インフルエンザでも変わらず診てくれる)、だいぶ回復したようだ。長かった。元旦から1週間。体力の落ちた状態で、タイミング悪く薬の服用もなし。自然治癒力に頼るしかなく、40歳手前のおっさんには辛かったであろう。

 ようやくわが家のインフルの勢いも沈静化したかのように見え。私は完全に油断した。気をつけていたつもりだったのに。夜になると猛烈な寒気が襲ってきた。検温すると、37.2℃。微熱である。ただひたすらに着込み、身体を温め、栄養ドリンクを飲んで床に就いた。どうか、どうか発症しないでくれ。たのむ、イナビル。。。

 

1月8日 私も発熱38.0℃

●私→発熱38℃台、寒気、喉の痛み、胃痛、腹痛、下痢

 翌朝起きると喉が痛い。さらに胃の痛みでほどんど食事が喉を通らず、水分を取ると腹痛と下痢が起こった。熱は夕方になると38℃を超えた。この日は祝日だったが、夫が家にいるうちに病院へ行っておいた方がいいだろうと判断し、休日診療の当番医を訪れた。自分の症状と、夫と娘のインフルエンザB型罹患の旨を伝える。

「おそらくインフルエンザB型の二次感染でしょう。もう峠も越えていること、イナビルを投与していることから、検査も抗インフル薬の投与もしません。抗生剤・解熱剤、いわゆる風邪薬で様子を見ましょう」

とのことだった。後から考えると、ここでの抗生剤・解熱剤の服用が今回の体調不良を長引かせる要因になってしまったようだが、このときはそんな判断力などなかった。

 帰宅し、夫に伝えると、後はひたすら眠っていた。完全にバトンタッチである。

 

1月9日~ 37~39℃の熱、寒気、倦怠感、胃痛、腹痛、鼻づまり、喉の痛み

 この日からようやく夫は仕事へ。私は解熱剤で一度平熱まで下がったが、夜になると再び体温上昇。それに加えてひどい寒気と倦怠感。胃痛でほとんど食事が取れない。鼻づまりで口呼吸になってしまうため、喉が痛い。なんだかボロボロ。

 元旦から続いた看病生活、娘の熱性けいれんと救急車、いろいろありすぎた。自分のところへ病魔が訪れた時には、もう自分を治す体力など残されてなかった。だが、両親は遠方、近くに頼れる人はいない。夫も新年早々、自身のインフルエンザで会社を休んでしまったため、もう仕事に穴は空けられない。自分で家事・育児を何とかしなければいけないのだ。絶望的。毎日、ただ娘を生かすことだけに集中して、残りはひたすら休むことに使う。娘に髪を引っ張られようとも、Eテレをつけっぱなしにして、目をつぶる。ごめん、、、ごめん、、、娘。治ったらたくさん遊ぼう、、、。やっと元気になった娘に申し訳ない。だが、ここで無理しては長引くだけ。限界の時は夫の力を借りて、1週間、何とかやり過ごした。

 途中、1月11日に夫と同じく鍼治療に行き、その晩39℃まで上がったのを最後に熱は下がり、ようやく快方へと向かったのであった。夫と同じく体力のない状態で、治るまでに1週間ちょっとかかった。長い長い戦いだった。

3者3様の症状

 今回のインフルエンザB型騒動。同じウイルスのはずが、みんな症状が違ったので、それぞれまとめておこうと思う。

●夫→身体の痛み、倦怠感、食欲不振、発熱(38.5℃が最高値)、後半に咳
●娘→いきなり高熱(40.7℃が最高値)、やや食欲低下、後半に少しの咳
●私(疑惑)→寒気、鼻づまり、喉の痛み、胃痛、腹痛(やや下痢)、発熱(39.0℃が最高値)、食欲不振

 

1つだけあったご褒美

 こんなに辛く苦しい2週間だったが、1つだけ、本当に1つだけいいことがあった。

夫が煙草をやめたのだ。何度電子煙草に変えようと、必ず挫折して煙草に戻っていた夫。そもそもやめる気などなかったように思う。

 ところが、インフルエンザの1週間は「まったく吸いたくならなかった」というのだ。あのヘビースモーカーが。それほど体調が悪く、辛かったということだろう。

 煙草をやめて1週間が経ったころの会話。

夫「なぜか炊き立てのごはんがものすごく食べたいし、美味しいんだよね。」
私「煙草やめたからじゃない?」
夫「!!!!!!!!!」

 煙草をやめるとごはんが美味しくなる、ということを身をもって体験したらしい。
ちなみに私は28歳の時にやめている。やはりやめたばかりの頃は全てのものが美味しく感じられた。特に、ご飯、コーヒーといった毎日摂取していたものほど。

 夫もそれをわかってくれるとは。うれしくてほくほくしちゃう。
その後体調が回復しても、電子煙草(ニコチンなし)を数口吸うと満足するらしく、禁煙生活は続いている。

 これで、夫の服と娘の服を一緒に洗える!(一応分けていた)
花粉症シーズンもむずむずしなくてよい!(服についた煙草の残り香は私のアレルギー症状を悪化させていた)

 と、いいこともあったのだ。

 本当に辛い辛い2週間だったが、親として気を引き締めたのも確か。
今年の冬は、少なくとも大人はインフルエンザ予防接種を受けようと思う。
それはそれできちんと調べるけどね。

 長い長ーいまとめとなりましたが、まだ続くウイルスシーズン、どうぞみなさまもお気をつけください。どうか健康に春を迎えられますように。